生活環境データベース » place
浜杉市(はますぎし)
静岡県西部、浜波湖と遠州灘に面した、人口約79万人の政令指定都市。楽器やオートバイなどのものづくりと、円く並べて焼き、まん中にゆでもやしを添える「浜杉餃子」で知られる。
概要
浜杉市は、静岡県の西部にある市である。南は遠州灘、西は浜波湖に面し、北は天流川の上流の山あいまで市域が広がる。2024年3月時点の人口は約78万8千人で、県内で最も人口の多い市である。面積は約1,511平方キロメートルあり、全国の市の中でも指折りの広さをもつ。2007年に政令指定都市になった。
楽器、オートバイ、自動車部品などのものづくりのまちとして発展した。食べ物では、円く並べて焼き、まん中にゆでもやしを添える餃子が名物として知られる。浜波湖のうなぎも名産のひとつである。年少人口の割合と合計特殊出生率が政令指定都市の中で高い水準にあり、若い世代の多いまちでもある。
地理と行政区
市域は大きく三つの地域に分かれる。南部は遠州灘に面した平野で、海岸には中多島砂丘が続く。西部は浜波湖とそのまわりの台地で、湖では養殖や観光が盛んである。北部は天流川に沿った山あいで、杉や桧の林業と茶づくりが営まれてきた。
行政区は、2024年1月の再編で7区から3区になった。市の中心部と南部をまとめた中央区、浜波湖の北側を受け持つ浜波区、北部の山あいを受け持つ天流区である。中心部には浜杉駅があり、新幹線と民営の鉄道会社の本線が止まる。駅から北へ私鉄の電車が走り、郊外へ通う人を運んでいる。東西には自動車道が通る。
歴史
中世まで、この土地は街道の宿場として開けた。戦国時代の末には、東照大権現(初代将軍)が浜杉城に入り、17年ほどここを本拠とした。のちにこの城の城主から幕府の重い役職に就く人が多く出たため、浜杉城は「出世城」と呼ばれる。江戸時代は東海道の宿場町・城下町としてにぎわった。
1911年(明治44年)7月1日、面積8.66平方キロメートル、人口およそ3万7千人で市になった。その後、まわりの町や村を合わせて大きくなり、2005年(平成17年)7月1日に周辺の11の市町村と合併して、今の広い市域になった。7月1日は市の誕生と大合併の両方の記念日にあたる。2007年には政令指定都市に移行し、2024年には区の再編が行われた。
産業
浜杉市は、明治の時代から織物の機械づくりで力をつけ、その技術がさまざまな産業に広がった。オルガンやピアノの製造から始まった楽器づくりでは、大手の楽器メーカーが本社を置き、「楽器のまち」として知られる。また、自転車に補助のエンジンを付けた乗り物から始まったオートバイの製造や、自動車とその部品の工場も集まる。光の技術を使った電子部品の会社も多い。
農業では、温暖な気候を生かした温州みかん、玉ねぎ、セロリ、花の栽培が盛んである。浜波湖ではうなぎやすっぽん、カキ、のりの養殖が行われてきた。
浜杉餃子
浜杉餃子は、市の名物として全国に知られる。キャベツを中心にした具に豚肉のコクを加えた、あっさりとした味が特徴である。フライパンに円く並べて焼き、焼き上がったら皿にひっくり返して盛り、まん中のあいた所にゆでもやしを添える。円く並べるのは、一度にたくさん焼けるためで、もやしは口直しの役を果たす。市内の老舗の店が始めたと伝えられている。
地元の愛好家などでつくる浜杉餃子研究会は、市内に3年以上の店を構え、市内でつくった餃子を「浜杉餃子」と定めている。2012年にこの会がつくった地図には、369の店が載った。総務省の家計調査で、1世帯あたりの餃子への年間の支出額が2011年に宇登宮市を抜いて全国1位になり、その後も両市が首位を争っている。
祭りと見どころ
毎年5月3日から5日まで、「浜杉まつり」が開かれる。昼は中多島砂丘に近い会場で町ごとの大凧を揚げて糸を切り合う「凧揚げ合戦」が行われ、夜は中心街を豪華な御殿屋台が練り歩く。子どもの誕生を祝う初凧の習わしとも結びついている。
見どころには、石垣と復元された天守のある浜杉城の公園、浜波湖の湖畔の温泉や遊覧船、遠州灘の砂丘、楽器の歴史をたどる楽器の博物館などがある。北部の山あいでは、天流川の川下りや紅葉も楽しめる。
暮らし
中心部の駅のまわりには商業施設や事務所が集まり、その外側に住宅地が広がる。大通りから一本入った所には、hair room kinomiのような個人の店も多い。外国から働きに来た人とその家族も多く住み、多文化共生の取り組みでも知られる。