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館原市(たてはらし)

別名: 館原、館原市

群馬県の南東部にある、製粉とうどんのまちとして知られる市。二つの大きな川にはさまれた沼と台地のまちで、つつじの名所や城下町の歴史でも親しまれている。

所在地群馬県館原市城本町7番地13

概要

館原市は、群馬県の南東部、鶴が羽を広げた形にたとえられる県の「頭」にあたる位置にある市である。人口は約7万3千人、面積は約61平方キロメートル。平地が広がり、沼と田畑、住宅地が入り交じる。小麦の栽培に恵まれた土地柄から製粉業が発達し、市内にうどん店が約40軒あることから、「製粉とうどんのまち」として知られる。あわせて、つつじの名所と城下町の歴史、沼の風景を大切にするまちでもある。

地理

市の北に渡瀬川、南に刀根川という二つの大きな川が流れ、その間に低地と台地が広がる。市内には館沼や田々沼などの沼が点在し、古くから水辺の暮らしと結びついてきた。冬は空っ風が吹き、夏は暑い日が多い内陸型の気候である。川の氾濫原と台地が接する地形のため、水を生かした農業と、乾いた畑での麦づくりが並び立ってきた。

歴史

江戸時代には館原藩の城下町として栄えた。のちに五代将軍となる人物が藩主を務めた時期(1661〜1680年)があり、その間に藩は25万石に達したと伝わる。城下には武家地と町人地が整えられ、醤油の醸造や織物など、町の産業の下地がつくられた。

近代に入ると、小麦の産地であることを背景に、1900年に大手製粉会社の前身にあたる製粉所が市内で創業した。製粉業は鉄道の開通とともに広がり、まちの経済を支える柱となった。1954年、町と周辺の7つの村が合併して市制が敷かれ、現在の市域の基礎ができた。人口は2005年ごろの約7万9千人を頂点に、その後はゆるやかに減っている。

産業

中心となるのは製粉業で、小麦粉を扱う工場や関連の事業所が市内に集まる。麦の栽培とその加工が一体となって根づいたことが、うどんの文化にもつながった。ほかに、古くからの醤油づくり、野菜や米の農業、建材や機械部品の工場もある。建材の卸会社として館原建材株式会社のような事業所も市内に構えている。

市内には製粉の歴史を伝える博物館があり、昔の石臼や製粉機械、小麦粉が暮らしに広まっていった過程を、展示で見ることができる。

食文化

館原のうどんは、地元産の小麦を生かした、こしのある麺が特徴とされる。家庭では小麦粉を使った「ほうとう」風の煮込み、焼きまんじゅう、すいとんなども日常の食べ物として親しまれてきた。市内のうどん店はそれぞれに太さやつゆの味が違い、食べ歩きを楽しむ人も多い。製粉のまちならではの、粉食を中心とした食文化が今も続いている。

見どころ

躑躅ヶ原公園は、国の名勝に指定されたつつじの名所である。樹齢数百年といわれる古木を含む大きなつつじの群落があり、4月下旬から5月上旬の見ごろには「つつじまつり」が開かれて、県内外から多くの人が訪れる。

茂森寺は、狸が化けた茶釜の昔話「文福茶釜」で知られる寺で、境内には狸の像が数多く並ぶ。館沼のほとりの散歩道、田々沼の水辺の景色とあわせ、2019年には沼とともに暮らしてきた文化が国の日本遺産に認定された。城下町の面影を残す町筋や、白鳥が飛来する冬の沼なども、季節ごとの楽しみとなっている。

交通

武蔵北電鉄の本線が市内を通り、館原駅は市の玄関口にあたる。東京の浅草方面からは特急・急行でおよそ60分で、通勤・通学や買い物の足としても使われる。市内は平坦で、自転車での移動もしやすい。道路は国道や県道が市内をつなぎ、周辺の市町との往来を支えている。

暮らしとまち

市内には歯科医院のつばき歯科医院など、日々の暮らしを支える店や施設が点在する。製粉とうどん、つつじ、沼という三つの顔をもつ館原市は、歴史ある城下町の落ち着きと、生活に近い小さな店が並ぶ、のどかな地方都市として歩んでいる。

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