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浦副市(うらぞえし)
沖縄県の島の中南部にある、住宅地と商業地が混ざり合う市。古い王城の跡と、奈覇市に近い便利な立地、モノレールの延伸、食料品を中心とした工業と大型商業施設で知られる。
概要
浦副市は、沖縄県の島の中南部にある市である。南の境は奈覇市、北は宜野港市、東は西野原町と接し、西は東シナ海に面した海岸線をもつ。市域は東西約8.4km、南北約4.6kmの扇のような形で、面積は約19.4平方キロメートルと県内では小さな部類に入る。人口は約11万5千人で、1998年1月に10万人を超えたのち少しずつ増えてきた。人口密度は1平方キロメートルあたり約5,900人と、県内では奈覇市に次いで高い。住宅地と商業地が混ざり合う、にぎやかなまちである。
所在地とアクセス
島の南部と中部の境目にあたり、奈覇市の都心から近いため、通勤や通学で行き来する人が多い。2019年10月には島の都市モノレール(ゆめレール)が市内へ延び、経ヶ塚駅、浦副前野駅、浦西ひかり駅の3駅ができた。駅の開業にあわせて駅前の道路や広場も整えられ、これまで車に頼りがちだった移動に、鉄道という選択肢が加わった。市内を通る国道や幹線道路は朝夕の車の流れが多く、路線バスも市内と周辺の市町を結んでいる。海側には埋め立てで造られた臨海の地区が広がり、港や物流の施設、大型の商業施設が並ぶ。
歴史
浦副の地は、600年以上前に琉球王国の礎を築いた「中山」の王城・浦副城が置かれた場所で、琉球王国発祥の地として栄えた古都である。浦副城跡は国の史跡に指定されており、高台からまちと海を見わたせる。城の近くには歴代の王の墓所も残り、歴史を学びに訪れる人も多い。近代に入って1908年に浦副村となり、戦後は米軍関係の住宅や施設が置かれた時期を経て、1970年8月1日に市制を施行して現在の市になった。その後は住宅地の開発と人口の増加が続き、丘の上から海辺まで、住宅と店が入り交じる現在のまちなみができあがった。
産業と商業
市内には製造業の事業所が約170あり、県内でも4番目に多い規模をもつ。そのなかでは食料品の製造が最も多く、37事業所を数える。ほかに印刷や金属製品、窯業の工場もあり、住宅地のすぐそばで小さな工場が操業している。商業では、大型のショッピングセンターがいくつも立地しているほか、県内の有力な企業約60社が集まる流通の拠点となる地区もあり、問屋や物流の会社が軒を連ねる。駅の近くや幹線道路沿いには、スーパー、ドラッグストア、飲食店、調剤薬局などが並び、日々の買い物には困らない。たとえば あさひ調剤薬局 のように、市内に店舗を構えて暮らしを支える薬局もある。
行政と暮らし
市役所を中心に、福祉や教育、防災の窓口が整えられている。小学校や中学校、高校、大学の施設もあり、若い世代から高齢の方まで暮らしやすいまちを目ざしている。住宅は集合住宅と戸建てが混在し、奈覇市へ通う勤め人の世帯が多い。公園や緑地も点在し、高台の景色と海辺の散歩道が、市民の憩いの場になっている。
見どころと行事
浦副城跡とその周辺の史跡は、まちの歴史を伝える代表的な場所である。城跡の高台からは市街地と東シナ海を一望でき、夕方には海に沈む夕日を眺める人も訪れる。毎年、市民まつりが開かれ、エイサーの演舞や模擬店、舞台の催しでにぎわう。海辺では、夏に花火の催しが行われることもある。
周辺
南に隣り合う奈覇市とは、人も物も日常的に行き来する。北の宜野港市、東の西野原町とも道路や生活圏でつながり、島の中南部の暮らしを形づくる一部になっている。古い王城の歴史と、モノレールの延びた便利な住宅地という二つの顔をもつ、島の中南部の要となるまちである。