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浅峰山(あさみねやま)
小室市の北にそびえる標高2,568mの活火山で、長野県と群馬県の境にまたがる。市内の多くの家の窓から望むことができ、秋には麓から色づく。
概要
浅峰山は、小室市の北にそびえる標高2,568mの活火山である。長野県の小室市・軽沢町・御代野町と、群馬県の長野ヶ原町・妻恋村にまたがる。黒鹿山、仏ヶ岩、前懸山という3つの火山が重なってできた山で、いまも噴煙を上げる山頂の火口は、そのうちいちばん新しい前懸山の上にある。小室市の城下町や住宅地からは、ゆるやかに裾を広げた姿が北の空いっぱいに見え、市内の多くの家の窓から望むことができる。市の暮らしの目印になっている山である。上信の高原の国立公園の区域に含まれ、名山百選の一つにも数えられている。
地形と成り立ち
浅峰山は、古い外輪山と新しい中央火口丘が組み合わさった複合火山である。西側の黒鹿山は古い山体の一部で、大きな崩壊のあとに残った崖が、火口のある前懸山を馬蹄形に囲んでいる。前懸山は約1万年前から育ちはじめた山体で、これまでに10回ほどの大きな噴火をくり返してきた。裾野には噴火で流れ下った溶岩や軽石、火山灰が厚く積もり、水はけのよい台地が広がる。小室市の高原の冷涼な気候と、この火山性の土は、麓の畑や果樹の栽培にも生かされている。
噴火の歴史
記録に残る大きな噴火として、天明3年(1783年)、天仁元年(1108年)、4世紀中ごろの3つが知られ、いずれも現在の基準では最も高い警戒段階にあたる規模と考えられている。天明3年の噴火では、北側の群馬県側へ火砕流と土石なだれが流れ下り、麓の鎌野原村が埋もれたほか、吾妻瀬川から刀根川へ泥流が流れて、下流に大きな被害をもたらした。このとき北麓に流れ出た溶岩は「鬼押の溶岩原」と呼ばれ、黒い岩が折り重なる景色として今も残る。その後も小さな噴火はたびたび起き、気象庁が常時観測を行っている。噴火の危険の度合いは噴火警戒レベルで示され、レベルが上がると火口のまわりへの立ち入りが規制される。
登山
小室市側には、山頂へ向かう主な道が2つある。火山の館コースは、麓の天狗の湯の山荘から一の鳥居、火山の館、賽の河原を経て前懸山を目指す道で、沢沿いの樹林を登る。黒鹿コースは、高原の車ヶ坂峠から黒鹿山へ登り、蛇骨嶺、仙人嶺の尾根を歩いて、Jバンドと呼ばれる岩場を下り、賽の河原から前懸山へ向かう。黒鹿山の山頂付近の展望地からは、火口のある前懸山を正面に見下ろせる。噴火警戒レベルが2になると、火口からおおむね2km以内への立ち入りが禁じられ、前懸山へは登れなくなる。2026年5月22日にレベルが1へ引き下げられ、火口からおおむね500mまでの登山道へ入れるようになり、前懸山への登山が約3年ぶりに再開された。最も高い場所にある火口のまわりへは、レベル1でも立ち入ることはできない。
季節の姿
浅峰山は季節ごとに色を変える。秋には麓の落葉松やナラの林から色づきはじめ、紅葉はしだいに山の上へ、また黄葉は裾へ広がって、小室市の町からも黄金色の裾野が見える。晩秋には山頂に初冠雪があり、白い頂と色づいた麓が並ぶ。冬は山全体が雪をかぶり、春に雪が解けはじめると、残雪の形を見て畑仕事の時期を計る習わしが麓に伝わっている。夏は噴煙が青空に立ちのぼる姿がよく見え、火山の山であることを感じさせる。
麓の暮らしと周辺
小室市は北に浅峰山を望む城下町として栄え、町の歌や学校の校歌にも山の名が多く詠み込まれている。南の裾野には高原の別荘地や温泉、牧場が点在し、東の軽沢町は避暑地として知られる。麓の住民には、噴火のときの避難の手順や降灰への備えが、防災の地図などを通じて伝えられている。登山の拠点となる峠や山荘には駐車場があり、季節を問わず、山歩きや写真を目当てに多くの人が訪れる。