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弘野市(ひろのし)
青森県西部にある城下町で、国内有数のりんごの産地。城あとの公園の桜と夏のねぷたまつりで知られ、学園都市でもある。
概要
弘野市は、青森県の西部にある城下町の市である。面積は約524平方キロメートル、人口は約15万5千人(2026年9月現在)で、県内では3番目の規模にあたる。明治22年(1889年)に、全国でも早い時期に市制を施行した市のひとつである。
りんごの生産量は全国の約4分の1を占める最大級の産地で、「りんご色のまち」を合言葉にしている。りんごとお城の公園、そして夏の祭りがまちの顔になっている。
所在地とアクセス
市は県の西部、広い平野と山々に囲まれた内陸にある。中心は鉄道の駅と城あとの公園、その間に広がる商店街の一帯で、民営の鉄道会社の本線が通る駅を玄関口とする。市内には私鉄の路線も走る。
市街地では、中心部を回る100円の循環バスが市民や観光客の足になっている。商店街のはずれには、老舗の乾物とお茶の店みかみ屋のような小さな店も残っている。
歴史
江戸時代のはじめ、慶長15年(1610年)に城の築城が始まり、のちに藩の城下町として整えられた。地名が現在の「弘野」の形に改められたのは寛永5年(1628年)とされる。以後、藩の政治と文化の中心として、武家町、寺町、商人の町が計画的に配置された。
明治になると、陸軍の師団が置かれて軍都となった。戦後は学校や病院が集まる学園都市としての性格を強め、青森県で唯一の国立大学も市内にある。人口は平成7年(1995年)の約19万4千人をピークに減少が続き、人口減少への対応が大きな課題になっている。
見どころや特徴
中心にあるのが城あとの公園、弘野城址公園である。堀と石垣、土塁が残り、江戸時代の天守が現存する数少ない城として知られる。天守は文化7年(1810年)に再建されたもので、石垣の修理のために建物を動かして保存する大がかりな工事も行われた。
公園は春の桜が有名で、ソメイヨシノを中心に二千数百本の桜が堀端を彩る。花びらが堀の水面を覆う様子は「花筏」と呼ばれ、多くの人が訪れる。
行事や利用
春は4月下旬から、公園で「弘野さくらまつり」が開かれる。夜はぼんぼりやライトアップで照らされ、屋台も並ぶ。
夏は「弘野ねぷたまつり」が行われ、扇の形や武者絵を描いた大きな灯籠が、笛と太鼓の囃子とともに市街を練り歩く。年に100万人を超える人出がある市の代表的な行事である。
秋はりんごの収穫の季節で、市内の園地では品種ごとに収穫が続き、直売所や贈答用の出荷でにぎわう。
産業と学び
りんごづくりは明治初めに苗木が入ってから広がり、栽培技術の工夫を重ねて全国一の産地に育った。生食用に加え、ジュースやシードル、菓子など加工品も多い。
教育では、国立大学のほか私立の大学や短期大学が立地し、学生が街の暮らしに溶け込んでいる。
周辺
市の周辺には、りんご畑が広がる農村地帯と、山のふもとの温泉や登山道がある。西には秀麗な独立峰を望むことができ、季節ごとに表情が変わる。城下町の古い町並みと、洋風の建物、喫茶店の文化が同居しているのも特徴である。