FC2

Field & Community Culture Platform

生活環境データベース » place

桐尾市(きりおし)

別名: 桐尾、織物のまち桐尾

織物のまちとして知られる、群馬県東南部の市。奈良時代から続く絹織物の産地で、のこぎり屋根の工場群と、赤城山のふもとの山あいをあわせもつ。

概要

桐尾市は、群馬県の東南部にある市です。古くから織物のまちとして発展し、「西の京、東の桐尾」と並び称されるほど栄えた歴史をもちます。面積は約274平方キロメートルで、栃木県の足刈市と接し、西は赤城山の山すそにまで広がっています。人口は約9万〜10万人で、昭和50年ごろの約13万4千人をピークに緩やかに減っています。市の中心部には商店街や官公庁が集まり、周辺の山あいには集落と森林が続いています。

所在地と地勢

市域は、市街地のある平野部から山あいの地域まで細長く続きます。西側には赤城山がそびえ、山すそから流れ出る川が市街地を通ります。平成17年6月には近隣の2つの村が編入され、現在の市域は飛び地をもつ形になりました。市街地は民営の鉄道会社の路線や私鉄の駅を中心に広がり、隣の足刈市とは日常の買い物や通勤でも行き来があります。山あいの地域は水が豊かで、かつては染色や織物に使う水にも恵まれていました。冬は赤城山から吹きおろす乾いた風が強く、「からっ風」として知られます。

歴史

桐尾の織物の歴史は古く、奈良時代の和銅7年(714年)に、朝廷へ絹織物の「あしぎぬ」を納めたことが記録に残っています。江戸時代には天満宮を起点に計画的な町が築かれ、幕府からも厚い扱いを受けて、織物の産地として力を伸ばしました。明治から昭和にかけては機械化と輸出で隆盛を誇り、上毛かるたにも「日本の機どころ」と詠まれています。大正10年(1921年)3月1日に市制を施行し、県内で3番目、東毛地域では初めての市となりました。戦後も繊維の町として栄えましたが、輸入品の増加や生活様式の変化で、昭和の後半から事業所の数は少しずつ減っていきました。

産業と織物

織物とそれに関わる繊維製品の産業は、いまも市の大きな柱です。繊維製品の出荷額は、関東地方の市のなかで最も高い水準にあるとされます。機織りの工場には、北向きの採光窓をもつ「のこぎり屋根」の建物が多く、市内には200棟を超えて現存し、その多くは木造です。北向きの窓は、日差しの向きが変わらず、糸の色や織りの具合を見分けやすい均一な光を取り入れるための工夫でした。工場の一部は、店やギャラリー、飲食店として使い直されています。織物のほかにも、ニット製品や染色加工、機械・金属加工など、繊維にかかわる周辺産業が集まっています。現在は、ファッションや雑貨向けの新しい織物づくりにも取り組む事業所が増えています。

見どころと文化

市内には、のこぎり屋根の工場群や、古い蔵、近代の洋風建築が点在し、歩いてめぐる街並みとして親しまれています。市街地の古い町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれており、江戸から昭和にかけての商家や織物の建物が通りに連なります。織物の歴史を伝える資料館や、機織りの体験ができる施設もあり、観光で訪れる人や学校の見学の受け入れも行われています。夏には市街地で七夕の祭りが開かれ、天満宮の周辺はにぎわいます。

交通とくらし

民営の鉄道会社の路線が市内を東西に通り、隣の足刈市や県都方面へ結んでいます。国道や県道が市街地を横切り、車での移動が暮らしの中心です。市内には市立の小中学校のほか高校や大学があり、織物や染色を学べる教育の場も整っています。山あいの地域では、赤城山の自然を生かした散策やキャンプ、渓谷の景色を楽しむ人も多く、まちなかの歴史と山の自然の両方を味わえる市として知られています。

周辺との関係

隣接する足刈市とは、同じ織物の産地として歴史的に深いつながりがあります。両市は両茂線の沿線にあたる地域とも結びつきが強く、買い物、通勤、通学、観光など、日々の暮らしでの往来が盛んです。群馬県内では、赤城山を共有する前嶺市などとも、県道や観光の面で交流があります。