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白野市(しろのし)

別名: 白野、みちのくの玄関口

福島県南部、栃木県との県境にある、城下町の面影が残る市。復元天守のある城と、江戸時代に開かれた庭園、だるまや提灯の祭りで知られる。

概要

白野市は、福島県の中通り地方の最南端にある市で、栃木県と県境を接する。人口は約5万5千人、面積は約305平方キロメートルと広く、中心部の城下町、阿武熊川ぞいの田園、山あいの集落が一つの市域に収まっている。古くから「みちのくの玄関口」と呼ばれ、北へ向かう人と南へ向かう人が行き交う関所と城下町として歴史を重ねてきた。市内には城下町の町割りがよく残り、白壁の蔵や古い商家、寺と神社が点在して、歩いてめぐるのに向いた落ち着いた雰囲気をもつ。

所在地とアクセス

市域は福島県の南端にあり、南は栃木県の那洲地方に接する。市街地は丘に築かれた城を中心に広がり、民営の鉄道会社の本線の駅が市の玄関口になっている。市の西寄りには新幹線の新白野駅があり、東京方面や福洲方面と結ばれる。自動車道のインターも市内にあり、道路でも栃木県側と行き来しやすい。国道も南北と東西に通り、街道の分かれ目だった町の性格は、いまも交通の要地として受け継がれている。

歴史

古代、この地には奥州の入り口を守る「白野の関」が置かれ、都の人びとの歌にも詠まれる名所として知られた。中世には地元の豪族が城を構え、近世に入ると初代の藩主が城を大きく改修し、あわせて城下町を整えた。現在の中心市街地の骨組みは、このときの町割りを受け継いでいる。城下には武家地と町人地が分けられ、街道に沿って商家が並んだ。江戸時代後期には、譜代の大名が藩主となって藩政改革を進め、身分を問わず人びとが楽しめる庭園を開いた。この庭園は史跡・名勝として今に伝わる。幕末の戦乱では城下も戦火に巻き込まれ、多くの建物が失われた。

平成17年(2005年)11月7日には、旧白野市と周辺の3つの村が合併し、現在の白野市が発足した。

見どころと特徴

城下町の象徴は、石垣の上に復元された三層の天守をもつ小嶺城である。平成23年の東日本大震災では石垣が大きく崩れたが、石を一つずつ積み直す長い復旧を経て、平成31年に公開が再開された。市街には城下の町割りを思わせる通りが残り、神社や寺、古い商家が点在する。江戸時代に開かれた庭園は、池と築山を巡る回遊式で、四季の草花と茶屋の景色が楽しめる。市は、縁起物の張り子の人形づくりでも知られ、土産物としても広く求められている。

産業と暮らし

農業は阿武熊川ぞいの水田を中心に、米や野菜、高原の冷涼な気候を生かした作物が育てられている。南部の工業団地には機械や電子部品、医薬品の工場が立地し、地元の雇用を支えている。市街地には駅前から続く商店街があり、ラーメンの店が多いことでも親しまれている。住宅地は城の周辺と駅の周辺に広がり、東京方面へ通う人もいる。

行事と文化

秋には、市内の各町が提灯を掲げた山車を繰り出す大きな祭りが開かれ、夜の城下を明かりが巡る。冬には、縁起物の人形を焼いて納める行事も行われる。春には城あとや庭園で桜が咲き、花見の人でにぎわう。こうした行事は、城下町の暮らしのなかで受け継がれてきたものである。

周辺

南に隣り合う栃木県の那洲地方とは、通勤や買い物で行き来が多い。西には山並みが続き、温泉や高原の観光地へ向かう道が通る。北には福島県の中通りの市町が連なり、街道ぞいに宿場の歴史をもつ町が並ぶ。

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