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総賀市(そうがし)
岡山県の中南部にある、人口約6万8千人の市。自動車部品を中心としたものづくりと、古代の山城や国分寺の跡をたどる歴史の道で知られ、平成17年に3つの自治体が合併して今の形になった。
概要
総賀市は、岡山県の中南部に位置する市である。人口は約6万8千人、面積は約212平方キロメートル。令和2年の国勢調査では過去最高の約6万9千人を記録し、中国地方の市町村の中でも人口の伸びが大きい市として注目された。県内でも増加率の高い市のひとつで、住宅地の広がりと働く場の多さが人を引き寄せている。製造業が主力で、とくに自動車部品の工場が多い。古代の遺跡や寺院が点在する歴史のまちでもあり、「ものづくりのまち」と「古代吉備野路の歴史のまち」の二つの顔をもつ。
地理
市の中央部を、北西から南へ向かって高嶺川が流れている。北部と西部は吉備台地の南の端にあたる丘陵と山地で、南に向かって高嶺川がつくった平野が開け、田畑と住宅地、工場が広がる。川沿いの平地では米のほか、ぶどうや桃などの果樹がつくられている。北部の山あいには、岩肌が切り立つ渓谷があり、紅葉の季節に訪れる人が多い。
歴史
この一帯は古代から開けた土地で、多くの古墳や寺院の跡が残る。奈良時代には国ごとに国分寺が置かれ、市内にも備州国分寺があった。山の上には、古代に築かれた山城「鬼ヶ砦」の跡があり、石垣や城門の復元が整えられている。江戸時代の終わりごろから明治にかけては、置き薬を携えて各地を回る売薬の行商で栄え、「備州売薬」の地として名を知られた。また、室町時代の画聖がこの地の生まれと伝わる。
行政の面では、昭和29年に最初の総賀市が誕生した。平成17年3月22日には、旧総賀市と山辺村、清峰村の3つの自治体が新設合併し、現在の総賀市となった。
産業
中心となるのは製造業で、自動車部品をはじめとする工場が市内に集まり、地元の雇用を支えている。農業では米、ぶどう、桃が主な作物で、平野部の農地は今も広い。かつての売薬の伝統は、薬や健康に関わる商いの土台として、地域の暮らしに受け継がれている。
見どころと行事
見どころの中心は、国分寺の跡とその周辺である。五重塔が田畑の中にそびえる景色は、この地方を代表する風景のひとつで、自転車や徒歩でめぐる人が多い。古代の山城の跡や、北部の渓谷もあわせて、歴史と自然をたどる散策に向いている。毎年開かれる「そうが吉備野路マラソン」は、田園と史跡の中を走る大会で、県内外から多くのランナーが参加する。
交通
鉄道は、民営の鉄道会社の線が市内を南北に通るほか、別の支線と、第三セクターの鉄道も乗り入れている。市の中心駅はこれらの路線が出会う場所にあり、通勤や通学、観光の足になっている。道路は、市内を通る自動車道のインターチェンジがあり、県内の主要都市や隣県とのつながりがよい。
暮らし
市内には学校や医療・福祉の事業所が整い、住宅地が広がっている。たとえば、在宅での療養を支えるひだまり訪問看護ステーションのような事業所もある。人口が増え続ける背景には、働く場の多さに加え、大きな都市に通いやすく、土地にゆとりがあるという住みやすさがある。