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鳩ヶ丘神社(はとがおかじんじゃ)

別名: 鳩ヶ丘さん、鳩ヶ丘の一之宮

鳴浦市の住宅地や田んぼのそばにある、古い国名の一之宮の神社。散歩の途中に前を通る身近な社であり、阿波忌部氏の祖神を祀り、境内の奥には山の頂の奥宮がある。

概要

鳩ヶ丘神社は、徳島県の鳴浦市にある神社です。住宅地や田んぼのすぐそばにあり、近所の人が散歩の途中に前を通る身近な神社でもあります。一方で、古い国名の一之宮であり、式内社の名神大社に数えられた由緒をもち、現在は神社本庁の別表神社です。境内の奥には、標高538mの山の頂に奥宮が祀られています。地元では「鳩ヶ丘さん」と呼ばれ、朝夕の散歩の道筋にも、正月の初詣にも、同じように親しまれています。

所在地とアクセス

所在地は徳島県鳴浦市の板之東にあたる地区で、市の西寄り、平野が山のすそに接するあたりです。鉄道は民営の鉄道会社の高徳線の板之東駅から徒歩約25分です。高速道路のバス停からは徒歩約8分、路線バスの霊峰寺前から徒歩約20分で着きます。車で来る人も多く、境内の近くに参拝者用の駐車場があります。散歩の人は、住宅地の側から歩いて参道へ入り、鳥居の前で軽く頭を下げてから通り過ぎることが多いようです。

祭神と歴史

主な祭神は、阿波忌部氏の祖とされる神で、天日鷲命の子にあたると伝わります。猿田彦大神が、あわせて祀られています。社伝では、神武天皇の御代に、天太玉命の孫の天富命が、忌部氏の祖の人々を率いてこの地を開き、神を祀ったのが始まりとされます。麻や楮を植えて布や紙を作る技を伝えた、という開拓の物語もあわせて語られ、土地の産業の守り神としても敬われてきました。

859年に神階が上がり、927年にまとめられた延喜式の神名帳では、式内社のうち名神大社に数えられました。のちに古い国名の一之宮として厚く敬われました。明治6年(1873年)には国幣中社に列せられ、明治13年(1880年)には、本殿が国費で造営されました。戦後は神社本庁の別表神社となっています。

境内の見どころ

境内でまず目に入るのは、高さ14.6mの大鳥居です。平成14年(2002年)に、鋼管製で建て直されました。参道の奥には、樹齢千年を超えるとされる大楠が立ち、市の天然記念物として大切に守られています。夏は濃い木陰をつくり、参拝者や散歩の人が足を休める場所にもなっています。本殿は、国費で造営された明治の姿を伝える社殿で、拝殿とともに落ち着いたたたずまいです。

境内の奥には、山の頂へ続く道があり、標高538mの頂に奥宮が祀られています。山道は整えられていて、地元の人が健脚づくりに登ることもあります。山頂からは、平野と海の方向まで見渡せ、天気のよい日は遠くの島影も望めます。

行事と利用

正月の初詣には、近隣から多くの人が訪れ、境内には露店が並びます。2月の節分には豆まきが行われ、近年は感染症の流行を考えて、人を集めずに神職だけで執り行う年もありました。そのほか、安産や子どもの成長を願う参拝、七五三、厄除けのご祈祷、車のお祓いなどが年間を通して行われています。毎月の朔日には、早朝にお参りする人の姿も見られます。

周辺

神社の周囲には、住宅地と田んぼが広がり、渚の近くには犬の散歩によく使われる渚公園があります。朝の散歩では、公園を一周して神社の前を通って帰る人が多く、早朝の境内は静かで、季節ごとの空気の変化を感じられます。霧雨の朝も、くもりの寒い朝も、鳥居の前を通る人は絶えません。日々の暮らしのすぐそばに、古い由緒をもつ社があることが、この神社の魅力といえます。

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