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平坂市(ひらさかし)

別名: 平坂、ひらさか市

神奈川県の中部、相模湾に面した人口約25万8千人の市。東海道の宿場に始まり、海辺の住宅地、工場、市民ホールを備える。毎年夏の七夕まつりで知られる。

概要

平坂市は、神奈川県の中部にある市で、南は相模湾に面している。面積は約68平方キロメートル、人口は約25万8千人で、県内でも有数の人口をもつ。東の相模川と西の丘陵にはさまれた土地に、海に近い住宅地、駅前の繁華街、工場の敷地、市民ホールなどの文化施設が並ぶ。大都市の横波市や東京へ通う人の住宅都市であり、同時にものづくりのまちでもある。市内の鉄道駅が民営の鉄道会社の本線の1駅だけという点は、市の大きな特徴として知られる。

地理

市の南部は平らな市街地と砂浜で、海沿いには住宅地が広がる。北から西にかけては、台地から続く丘陵地が連なり、その一角には海と平野を見渡せる展望の丘がある。丘の上からは晴れた日に相模湾や遠い山並みまで見え、夜景を楽しみに訪れる人も多い。東側を相模川が南北に流れ、市内を花水瀬川や金目瀬川などの川が相模湾へ向かって流れ込む。冬も比較的温暖で、雪は少ない。

歴史

平坂の地には、縄文時代から人が暮らしていた。市内の五領ヶ原貝塚は、昭和47年に国の史跡に指定された遺跡である。江戸時代には、東海道の宿場「平坂宿」が置かれ、江戸から数えて7番目の宿として旅人でにぎわった。

明治に入ると鉄道が通り、駅を中心にまちが開けた。昭和7年には市制を施行した。戦時中は軍の火薬工場が置かれたため、昭和20年の空襲で大きな被害を受け、市街地の約8割を焼失し、建物の約6割を失ったとされる。戦後は、焼け野原からの復興を願って昭和26年に始まった七夕まつりが、市民の再出発の象徴となった。その後は、自動車、タイヤ、精密機器などの大工場が進出し、工業都市として成長した。

産業と暮らし

市内には、自動車の車体工場、ゴム製品のメーカー、精密機器のメーカーなどの大きな工場が立地する。内陸には工業団地があり、働く人の多くが市内や近隣の住宅地から通う。一方で、相模湾に面した漁港では、しらすなどの水揚げが行われ、直売の店や食堂が並ぶ。農業では、野菜や花の栽培、果樹が行われている。住宅地は、駅前の商店街や大型の商業施設のまわりから、海側と丘陵側の両方へ広がっている。小さな工務店や設備会社、たとえば白砂工務店株式会社のような地場の会社が、戸建ての新築や改修を通じて住まいを支えている。

文化施設と見どころ

駅の周辺には、市民ホール、美術館、博物館、図書館などの文化施設が集まる。市民ホールでは、音楽会や講演会、市民の発表会が開かれ、多くの人が集う。海岸沿いには海水浴場と遊歩道があり、夏には海開きでにぎわい、ふだんは犬の散歩やジョギングの人が行き交う。丘陵地の公園や展望の丘は、春の桜の時期に特に人気がある。

行事

毎年7月上旬に開かれるひらさか七夕まつりは、市を代表する行事である。駅前から続く通りに、色とりどりの大きな竹飾りが並び、3日間でおよそ100万人を超える人出がある。商店街や市民団体、学校が飾りを競い合い、夜にはライトアップされた飾りが通りを彩る。このほか、海岸では春から夏にかけて海辺のイベントが行われ、秋には農産物や産業を紹介する市民まつりが開かれる。

交通

市の中央を、民営の鉄道会社の本線が東西に通り、市内唯一の駅が玄関口となっている。駅から横波市や東京方面へは電車で1時間前後で行ける。駅前からは路線バスが各地へ出ており、市の北部や海沿いの地区を結ぶ。道路では、国道と有料道路が市内を通り、自動車道のインターチェンジも近い。

周辺

隣には、西に泰野市、東には海沿いの別の市が接する。相模湾沿いの道路は、これらの市を結ぶ主要な道となっている。

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