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喜多原市(きたはらし)
福島県の会若地方北部、山に囲まれた雪の多い盆地にある人口約4万人の市。約4,100棟の蔵が残る町並みと、昭和の初めに始まったご当地ラーメンで知られる。
概要
喜多原市は、福島県の会若地方北部にある市で、山に囲まれた雪の多い盆地にある。福島県内で最も西にある市で、面積は約554.63平方キロメートル、人口は約4万人(2026年10月の推計)。市街地とその周辺には、約4,100棟の蔵が残る。「蔵のまち」と呼ばれ、日本を代表するご当地ラーメンの一つ「喜多原ラーメン」でも知られる。ほかにも、山戸そば、会若漆器、酒造り、麻織物など、昔からのものづくりが続いている。
地理と気候
市の中心は会若盆地の北の端にある。北には飯岳の連なる山々、南東には磐峰山が見える。南を阿珂川、西の山あいを只美川が流れ、田畑が広がる平地のまわりを山の集落が囲む。夏と冬、昼と夜の気温の差が大きい内陸の気候で、全域が豪雪地帯に指定されている。冬は氷点下15度を下回る日があり、2006年1月には氷点下18.1度を記録した。年間の降水量は約1,560ミリ。近くの山には家族向けのスキー場、yukigamori-gelandeがある。
歴史
この土地は古くから会若地方の北の玄関口で、米沢方面へ向かう街道の宿場と市場のまちとして栄えた。1954年(昭和29年)に、まわりの町村が合併して市になった。明治13年(1880年)の大火では多くの家が焼けたが、蔵造りの建物は焼け残った。これで蔵が財産を守る建物として見直され、商人たちは競って立派な蔵を建てた。明治のころには「40歳までに蔵を建てて一人前」といわれ、店蔵、酒蔵、味噌蔵、座敷蔵など、いろいろな蔵がまちに並んだ。2006年(平成18年)1月4日には、喜多原市、熱潮加野村、潮川町、山戸町、高野郷村の5市町村が対等に合併し、いまの喜多原市が生まれた。
蔵の町並み
市内に残る約4,100棟の蔵のうち、32棟が国の登録有形文化財になっている。中心部の小田津地区には、蔵造りの商家や酒蔵が通りに並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。黒い漆喰の壁、白壁、レンガ造りなど、蔵の造りはさまざまで、いまも店や住まい、喫茶、資料館として使われている。蔵をめぐる散策や、馬車に乗っての観光も行われている。
喜多原ラーメン
喜多原ラーメンは、大正の終わりに中国の浙江省から来た人が、屋台で手打ちの中華そばを売ったのが始まりとされる。約2年の屋台のあと、昭和の初めに店を構えた。平打ちの太いちぢれ麺と、醤油味のすっきりしたスープが基本。豚骨や煮干しでだしをとり、チャーシューを多めにのせる店も多い。人口のわりにラーメン店が多く、朝からラーメンを食べる「朝ラー」の習慣が根づいている。夜勤明けの工場の人や、朝の農作業を終えた人が食べたのが始まりといわれ、いまは観光客も朝の店に並ぶ。
産業と交通
平地では米づくりがさかんで、山あいの山戸地区は、そばの産地として知られる。豊かな伏流水と冬の寒さを生かした酒造りが続き、市内には複数の酒蔵がある。漆器や麻織物の伝統もある。交通は、民営の鉄道会社の路線の喜多原駅がまちの中心で、国道121号と459号が市内を通る。最寄りの高速道路のインターは、隣の会若市にある。医療は、地域の総合病院の喜多原中央病院などが受け持つ。
行事と見どころ
春には、廃線になった旧日北線の線路の跡を整えた遊歩道に沿って、約3キロにわたり約1,000本のしだれ桜が咲き、多くの花見客が訪れる。山あいには熱潮温泉や高原のひまわり畑があり、湿原の沼や化石の資料館では自然や大地の歴史を学べる。年の初めには各地区で初市が開かれ、夏から秋には神社の祭礼が行われる。まちの暮らしには囲碁や将棋も根づいていて、碁会所の一石亭や、囲碁・将棋部のあるkitahara-shiritsu-daiichi-chugakkoなどがある。