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島浜市(しまはまし)

別名: 島浜、水の都 島浜

長崎県東部の半島の海沿いにある、山すその城下町。山の湧き水と、対岸と結ぶ港をもつ「水と港のまち」として知られる。

概要

島浜市は、長崎県の東部、内海に突き出した半島の東の海沿いにある市である。人口は約4万人、面積は約83平方キロメートルで、半島の中心的なまちとして、役所や病院、商店街、港が集まっている。背後には火山を戴く山地がそびえ、山すそから海岸までの細長い斜面に市街地が広がる。

古くは城下町として栄え、いまも城と武家屋敷の町筋が残る。山の地下水が市内のあちこちで湧き出し、「水の都」と呼ばれるほど水に恵まれている。この湧き水と、対岸の熊本方面とを結ぶ港が、まちの二つの顔である。

所在地とアクセス

市域は半島の東側にあり、南北に海岸沿いの国道と、第三セクター方式の鉄道が通る。駅は城のすぐ近くにあり、市街地は駅から海へ向かって開けている。港からは、内海をはさんだ熊本県側の港へ向かうフェリーが出ており、半島と対岸を結ぶ足として使われてきた。

県の中心部の長碕市へは、半島を回り込む道路と海上交通の両方があり、陸路と海路のどちらも選べる。港を見下ろす高台には観光・ビジネス兼用のホテル潮見台があり、ひとり旅や出張の客に使われている。

歴史

中世には半島の領主の拠点があったが、江戸時代の初めに、石高に比べて壮大な城が築かれ、城下町の骨格ができた。1637年には、重い年貢とキリシタンへの弾圧を背景に、農民や領民が蜂起した島浜の乱が起こり、半島一帯が戦場となった。乱ののち、城主が替わり、城下の復興が進められた。

1792年には、山の噴火に続く山体の崩壊で、海へ大量の土砂が流れ込み、津波が内海の両岸を襲う大災害が起きた。市内でも多くの人が亡くなり、まちの姿は大きく変わった。この災害は、対岸にも被害が及んだことから「半島大変、対岸迷惑」と語り伝えられている。

近年では、1990年に山が約200年ぶりに噴火し、1991年には火砕流で多くの犠牲者が出た。土石流の被害も長く続き、市は防災の砂防施設と、被災の記録を伝える施設の整備を進めてきた。

湧き水と水のまち

山に降った雨や雪どけ水は、長い年月をかけて地下を通り、市街地のあちこちで湧き出る。市内には湧水の場所が数十か所あり、飲み水や暮らしの水として使われてきた。

城下の武家屋敷が並ぶ通りの中央には、湧き水を引いた水路が流れ、きれいな水の中を鯉が泳ぐ。観光の人が散策を楽しむだけでなく、近所の人にとっては、洗い物や野菜を冷やすのにも使う、暮らしに近い水でもある。冷たい湧き水を使った氷菓や、湧き水で煮た団子の汁物など、水にちなんだ食べ物も、まちの名物になっている。

港と産業

港は、フェリーの発着だけでなく、漁船や小型船の拠点でもある。港のそばには、アジやキスが釣れる堤防として親しまれている花園堤防があり、朝夕には家族連れや仕事帰りの釣り人が訪れる。

産業は、火山の斜面を生かした野菜や果物などの農業、内海での漁業、水産加工、観光が中心である。電気設備の工事を手がける浜光電設株式会社のように、まちの暮らしと建物を支える地元の会社も営まれている。

見どころと暮らし

城は、白い天守と石垣をもつ復元の建物で、内部の展示で乱や災害の歴史を知ることができる。城のまわりの武家屋敷の通りや、水路、湧水の池をめぐる散策が、観光の基本のコースである。

山の中腹から上には温泉地や展望地があり、火山の姿を間近に見られる。夏には、湧き水と港の花火が重なる行事が行われ、まちのにぎわいを生んでいる。

周辺

北には山地を越えて隣の市や温泉地が続き、南へは海沿いの国道で半島の南部へ向かう。西側には山地が広がり、山のふもとには火山の災害を伝える跡地が点在する。内海の対岸には熊本県の市街地が見え、天気のよい日には船の行き来も望める。

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