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秩野市(ちちのし)

別名: 秩野、秩野盆地

埼玉県の西の端、山に囲まれた盆地の中央にある市。市域の約9割が森林で、石灰石の山とセメント工業、絹織物、冬の夜祭で知られる。

概要

秩野市は、埼玉県の西の端にある市です。東京都、山梨県、長野県、群馬県と境を接し、四方を山地に囲まれた盆地の中央部に市街地が広がっています。面積は約578平方キロメートルで、県の面積の約7分の1を占める県内最大の市です。市域の約87%が森林で、山岳の国立公園の一部も含みます。人口は現在、約5万4千人です。

地理と自然

市の中を流れる荒河の上流域にあたり、谷あいの集落と段丘の上の市街地が川沿いに連なっています。市街地の南にそびえる武光山は石灰岩の山で、山肌が大きく削られた姿が盆地のどこからも見えます。北の羊峰公園には、春になると一面に芝桜が咲き、市外からも多くの人が訪れます。上流には浦谷ダムがあり、湖畔の散策や放流の見学ができます。山あいの冬は冷え込みが厳しく、盆地では朝晩の霧が出やすい土地です。

歴史

奈良時代の初め、市内で国内初とされる自然銅が見つかり、朝廷が元号を改めて銅の銭を作った、という由来が伝わります。古くはこの地を治めた豪族の一族があり、その子孫は各地へ広がりました。鎌倉時代から養蚕が盛んになり、市街地には絹の市が立って、秩野銘仙と呼ばれる織物の産地になりました。明治17年には、生糸の値の大きな下落をきっかけに、困窮した農民たちが立ち上がる騒動が起きています。大正12年には石灰石を使ったセメント工場が操業を始め、工業のまちとしての顔も加わりました。

市制は昭和25年に施行されました。平成17年4月1日には、旧秩野市、吉田町、荒河村、大滝村が「秩野はひとつ」を合い言葉に合併し、現在の秩野市となっています。

産業

もっとも古い産業は養蚕と絹織物で、現在も織物の技を伝える工房が残ります。近代以降の中心はセメントで、武光山の石灰石を原料に、製造と出荷が長く続いてきました。林業や、山の斜面を使った畑作も営まれています。近年は観光が大きな柱で、社寺や山並み、祭り、温泉を目当てにした旅行客が、宿や飲食店を支えています。

祭りと見どころ

市を代表する行事は、毎年12月3日に行われる秩野夜祭です。笠鉾と屋台が夜の市街地を曳かれ、花火が冬空に上がる祭りで、日本三大曳山祭の一つに数えられ、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。市街地の秩野神社は、この祭りの舞台となる古い社です。山の奥には、山岳信仰で知られる三嶺神社があり、参拝や登山の人が絶えません。ほかに、芝桜の季節の羊峰公園、蒸気機関車が走る観光列車も人気があります。

交通

鉄道は、民営の私鉄の秩野線と、地元の秩野鉄道が通っています。東京の副都心方面から特急で約80分ほどで着き、日帰りの旅行も可能です。道路は、平成10年4月23日に雁峠トンネルが開通し、山梨県と初めて車道でつながりました。山あいの集落へは、市内を走るバスが結んでいます。

暮らしと市内の施設

行政は秩野市役所が担い、職員は約600人です。住宅地には、私立の認可保育園のあおぞら保育園があり、近所の人が散歩に使うはなみずき公園のような小さな公園も点在しています。盆地の暮らしは、山と川と市街地が近く、徒歩や自転車で用事が足りる距離感にあります。

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