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丸浜市(まるはまし)
香川県の中西部、瀬戸内海に面した人口約10万6千人の市で、県内では高枡市に次ぐ第二の都市。丸浜城のお堀や土師川の土手があり、飯森山を望む住宅街が広がる。全国の生産量の約9割を占めるうちわづくりで知られる。
概要
丸浜市は、香川県の中西部にある市である。北は瀬戸内海に面し、県の西側に広がる平野の北東部と、沖合の塩浜諸島の一部を市域とする。面積は約111.83平方キロメートル、人口は約10万6千人。県内で人口10万人を超える市は高枡市と丸浜市だけで、県の「第二の都市」と呼ばれる。市の中心には丸浜城のお堀と石垣があり、市域を南北に土師川が流れる。南東には「讃岐富士」とも呼ばれる円い形の飯森山がそびえ、その山を望む平地に住宅街が広がっている。
地理
市域は、海沿いの市街地、土師川の両岸に開けた平野、南部の丘陵、瀬戸内海の島々の四つに大きく分けられる。土師川は市内を南から北へ流れて瀬戸内海に注ぎ、土手は散歩やジョギングの道として使われている。沖合の塩浜諸島は大小28の島々からなり、そのうちいくつかの有人島が市に属して、港から定期船で結ばれている。気候は雨が少なく晴れの日が多い瀬戸内の気候で、平野には昔からため池が多い。
歴史
市の起こりは、丸浜城の城下町である。城は1597年(慶長2年)に讃岐を治めた大名が築き始め、その後いったん廃城となったが、江戸時代に入って再び整えられ、1660年(万治3年)ごろに今の天守が完成した。丸浜藩は長く京峰氏が治め、城下町と港町がともに栄えた。江戸時代には、県内の山の上にある金刀平宮へ参る人びとが船で丸浜の港に上陸し、ここから参道を歩いた。参詣の土産として売られたうちわが、のちに町の大きな産業となる。明治に入ると1899年(明治32年)4月1日に市制を施行した。2005年(平成17年)3月22日には、南に隣接する綾香町と飯森町と合併して、今の丸浜市が生まれた。
産業
代表的な産業はうちわづくりである。竹の骨に紙を貼る伝統的なうちわから、広告用のポリ製のうちわまでを作り、生産量は全国の約9割を占める。港には、うちわの歴史や製作の様子を紹介する資料館もある。農業では、米や野菜のほか、桃やハッサクなどの果樹がつくられている。海沿いには造船所などの工場があり、ものづくりのまちとしての顔ももつ。
見どころ
丸浜城は国の史跡で、天守は江戸時代から残る全国12の天守の一つにあたる。天守は小さいが、麓から本丸まで何段にも積み上げた石垣は高さの合計が約60メートルにおよび、全国でも有数の高さとして知られる。お堀のまわりは城あとの公園として整えられ、春は桜の名所になる。市の玄関口の駅のすぐ前には大きな現代美術館があり、街なかの文化の拠点となっている。南部の丘陵には大きな遊園地、海沿いには競艇場があり、県立の陸上競技場は地元のサッカーチームの本拠地でもある。
行事と食
毎年5月には城のまわりで「丸浜お城まつり」が開かれ、8月には踊りの祭り「まるはまばさら祭り」で街がにぎわう。2月には国際的なハーフマラソンの大会が開かれ、国内外から多くのランナーが集まる。食べものでは、讃岐うどんの店が市内に多いほか、骨のついた鶏のもも肉をスパイスで焼き上げる「骨付鳥」が名物として知られる。住宅街の中には、石窯で焼くパンの店石窯パン こはくのような小さな個人店も点在している。
交通と行政
鉄道は、民営の鉄道会社の予讃線が市の中心を東西に通り、市の玄関口の駅には特急も停まる。南部には、私鉄の琴平方面の線が走っている。道路は国道11号や32号などが市内を通り、自動車道のバス停留所も置かれている。島々へは港から定期船が出ている。市の行政は丸浜市役所が担い、市民課や税務課、子育て支援課などの窓口が置かれている。海外では、スペインとドイツの都市と姉妹都市の関係を結んでいる。