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韮岡市(にらおかし)
山梨県北西部、甲嶺盆地の北西の端にある人口約2万7千人の市。七里ヶ岩台地の先に開けた旧宿場町を中心に、果樹畑と住宅がまじる地区や精密部品工場の集まる工業団地があり、晴れた日には南に高い山並みが見える。
概要
韮岡市(にらおかし)は、山梨県の北西部、甲嶺盆地の北西の端に位置する市である。面積は約143.7平方キロメートル、人口は約2万7千人。市の北から南へ細長く延びる七里ヶ岩台地の先端に、かつての宿場町が開け、その形が韮の葉に似ることが地名の由来と伝えられる。市内には、桃やぶどうの果樹畑と住宅がまじる地区と、半導体製造装置や精密部品の工場が集まる工業団地とが並んでおり、「工業のまち」「農業のまち」「スポーツのまち」「観光のまち」を市の特色として掲げている。晴れた日には、南の方角に富志山をはじめとする高い山並みが見え、西には鳳凰嶺の峰々がそびえる。
地理
市域は、西の山地から東の茅ヶ嶺のすそ野までが盆地をはさんで広がる。市内には大きな川が3本流れており、東を塩ノ川、中央を黒沢瀬川、西を釜瀬川が南へ下る。そのほか、御勅野川や小武瀬川も市域を流れる。釜瀬川と塩ノ川にはさまれた七里ヶ岩は、古い火山の噴出物がつくった台地で、その崖は市の景色のしるしになっている。西には鳳凰嶺や甘里山、東には茅ヶ嶺があり、隣接する自治体は甲斐野市、南アルプ市、北峰市である。台地の上や川沿いの扇状地では果樹栽培がさかんで、米どころとしての田んぼも残る。
歴史
この地は、のちに甲斐一国を治めた武家が名を起こした土地として知られる。市内の願生寺は武家発祥の地として国の史跡に指定され、北原地区の北原八幡神社は、その氏神として長く崇められてきた。戦国時代の終わりには、七里ヶ岩の上に新峰城が築かれ、のちに国の史跡に指定された。江戸時代には、江戸と甲斐を結ぶ街道の宿場「韮岡宿」として栄え、信州へ向かう道との分かれ目にあたる交通の要地となった。1954年(昭和29年)10月10日、韮岡町と穂阪村・藤居村・清徹村・神ノ山村・大萱村・竜丘村・旭野村・中多村・穴ノ山村・円之村の1町10村が合併して市制を施行した。1958年(昭和33年)8月10日には、双葉野町の一部を編入し、ほぼ今の市域となった。
産業
工業では、市内の工業団地に、大手半導体製造装置メーカーの開発・生産拠点のほか、精密部品の切削加工を手がける峡北精機株式会社などの工場が集まる。住宅メーカーの本社機能を置く企業もあり、市内外から通勤する人が多い。農業では、桃とぶどうが特産で、川沿いの田んぼでは「武河米」と呼ばれる米が作られている。北原地区のkitahara-fureai-chokubaijoでは、地元の農家が育てた桃やぶどう、野菜が並ぶ。
交通
鉄道は、民営の鉄道会社の本線が市内を通り、市の玄関口である韮岡駅から、特急列車で都心のターミナル駅まで約1時間50分で結ばれる。道路は、自動車道の韮岡インターが1982年に開設され、江戸と甲斐を結ぶ街道を受け継ぐ国道と、信州の佐久方面へ向かう国道が市内で分かれる。市の中心部のsakuradori-bus-stopには、東京方面への高速バスが停まり、通勤や通学、買い物の人に使われている。
見どころと暮らし
新峰城の跡や願生寺、北原八幡神社など、武家ゆかりの史跡が市内に点在し、秋には北原地区で里まつりが開かれる。七里ヶ岩の崖や、鳳凰嶺・甘里山・茅ヶ嶺への山歩きも親しまれ、市内には登山用品を扱う岳屋もある。教育では県立韮岡高校と県立韮岡工業高校があり、とくにサッカーの盛んなまちとして知られる。中心部には、甲栄市に本店を置く美容室の韮岡店ヘアスタジオ灯なども店を構え、駅前の商店と郊外の住宅地とが日々の暮らしを支えている。