FC2

Field & Community Culture Platform

生活環境データベース » place

城嶺公園(しろみねこうえん)

別名: 城嶺つつじ公園、しろみね公園、粟根の城嶺公園、粟根城跡

雄鹿沢市の口粟根地区にある、中世の山城・粟根城の跡に造られた公園。約2万株のヤマツツジで知られ、春には「城嶺つつじまつり」が開かれる。

概要

城嶺公園は、雄鹿沢市の口粟根(くちあわね)地区にある公園です。中世の山城だった粟根城の跡地を整えて造られました。約2万株ともいわれるヤマツツジの名所で、カスミザクラ、シャクナゲ、モミジなども植えられています。春のつつじの時期を中心に、一年を通して散策に訪れる人が絶えません。入園は自由で、入口に門や料金所はなく、思い立ったときに気軽に立ち寄れます。

所在地とアクセス

所在地は雄鹿沢市口粟根です。市の中心部からは路線バスで約30分、降りたバス停から徒歩約5分で着きます。自動車の場合は、高速道路の栃木方面のインターチェンジから約30分、雄鹿沢方面のインターチェンジから約25分です。駐車場は約50台分あり、つつじの最盛期には早い時間から埋まることがあります。問い合わせは、市の観光を担当する課と、地元の商工会が受け付けています。

粟根城の歴史

粟根城は、南北朝時代の1338年に、佐乃氏の家臣が築いたとする説がもっとも有力とされています。山の尾根と谷の地形を生かした山城で、戦国時代には周辺の勢力がたびたび城をめぐって争いました。城は佐乃氏の手から別の有力な一族の手に移り、1575年には攻撃を受けています。1588年には、入道の姿をした武将が城代として置かれました。

1590年、天下統一をめざす戦いのなかで、北国の大名の軍勢に攻められて落城し、そのまま廃城になりました。このとき多くの武将が討ち死にしたと伝えられます。城としての役目を終えたのちは山林として残り、のちに城跡の地形を生かして公園として整備され、現在の城嶺公園になりました。

残る遺構

園内には、城の遺構が今も残っています。馬を留めたと伝わる場所のあたりや、御殿跡の下には土塁が築かれたままの形で見られ、空堀の跡も確認できます。御殿のあった場所には現在、小さな神社が建ち、近くには古井戸も残ります。本丸跡には石塔が立っています。散策路を歩きながら、これらの遺構を順にたどることができます。

見どころと特徴

ヤマツツジ

園内の斜面を、約2万株のヤマツツジが覆います。見頃は4月中旬から5月上旬ごろで、とくに4月下旬が最盛期です。赤やピンクの花が山全体を染め、シャクナゲやカスミザクラも季節ごとに彩りを添えます。秋にはモミジが色づき、春とはちがった景色になります。

遊具と散策路

全長115メートルの「城嶺スカイローラー」は、山の斜面を一気に滑り降りる長いローラー滑り台で、子どもたちに人気の遊具です。山の地形に沿って歩道が整えられており、城跡の土塁や空堀を見ながら歩けます。木々の葉が落ちる冬は眺望がよくなり、周囲の山並みを見渡せます。

行事「城嶺つつじまつり」

ツツジの植栽が進むにつれて花の名所として知られるようになり、毎年春に「城嶺つつじまつり」が開かれるようになりました。4月中旬から5月上旬にかけて、2万株のツツジが咲きそろう園内でさまざまな催しが行われます。この時期は、市内外から多くの花見客でにぎわいます。

利用案内

周辺の公園

雄鹿沢市には、サクラとツツジで知られる千寿山公園や、自然を生かした自然の杜総合公園などの公園があります。城嶺公園は、城跡の地形とヤマツツジの群生を楽しめる公園として、これらと並んで親しまれています。