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今之宮神社(いまのみやじんじゃ)
雄鹿沢市の中心部、今之宮町にある旧県社の神社。奈良時代末の創建と伝わり、戦国期に城の守護社として現在地に整えられ、のちに宿場の鎮守となった。秋の例祭の彫刻屋台の行事は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
概要
今之宮神社は、雄鹿沢市の中心部、今之宮町にある神社である。旧社格は県社で、市内の旧市街にあたる34か町の鎮守として、古くから町の人々に親しまれてきた。毎年10月の第2土曜日と日曜日に行われる例祭では、彫刻を施した屋台が町を巡り、境内へ繰り込む。この行事は雄鹿沢今之宮神社祭として知られ、平成15年に国の重要無形民俗文化財に指定された。平成28年には、屋台行事を含む全国の祭礼行事の一つとしてユネスコの無形文化遺産にも登録されている。
祭神
主祭神は大己貴神、田心姫神、味耜高彦根神の三柱である。これは日晃の大社に祀られる神々と同じで、平安時代の初めの大同年間に日晃三所大権現を迎えて祀ったことから、今之宮神社はその分社のような性格を持つ。
沿革
社伝では、延暦元年(782年)、奈良時代の末に創建されたとされる。大同年間(806〜810年)には、日晃の三所の神を勧請して祀ったと伝わる。
戦国時代の天文3年(1535年)、領主の壬尾氏が城を築いて城下を整えた。このとき社は現在の地に移され、城の守護社として「今之宮」と呼ばれるようになった。
その後、天正18年(1590年)に関東で起きた大きな合戦で、壬尾氏は敗れた側に加わったため領地を失い、社は一時荒れた。江戸時代の初め、新たに整えられた宿場の鎮守として社殿が再建され、以後は町の人々の信仰を集め、祭りも盛んになっていった。
祭りと屋台行事
例祭は毎年10月の第2土曜日と日曜日に行われる。氏子の各町から毎年20台ほどの屋台が奉納される。
- 屋台の始まりは江戸時代の中ごろで、町ごとに行う秋祭りの踊り屋台が起こりとされる。
- 江戸時代の後期には、日晃の社寺建築に携わる宮大工の影響を受け、屋台の装飾に力が注がれた。柱や欄間、羽目板に精緻な彫刻をまとった屋台が生まれた。
- 屋台は周囲を豪華な彫刻で飾った四輪一層形式の囃子屋台で、文化11年(1814年)に造られた記録をもつものもある。
- 昼は各町から境内への繰り込みがあり、夜は提灯を灯した屋台が町を巡る。屋台の上ではお囃子が奏でられる。
- 屋台の彫刻は、木工のまちとして知られる雄鹿沢市の職人の伝統を今に伝えている。
文化財
国の指定としては、祭りの屋台行事が重要無形民俗文化財である。県指定の有形文化財には、本殿・拝殿・幣殿(附宮殿)、唐門、銅製の鰐口がある。このほか大太鼓や刀なども指定を受けており、社殿や宝物は、地元の人々の手で大切に守られている。
所在地とアクセス
地域とのかかわり
今之宮神社は、旧市街の各町を氏子とする町の鎮守であり、屋台を持つ町内は、祭りの準備や囃子の稽古を通じて年間を通じて結びついている。屋台の彫刻や修理には木工の職人が携わることも多く、木工のまちの技が、祭りを通して次の世代へ受け継がれている。