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八幡神社(はちまんじんじゃ)

別名: 八幡さん、八幡さま

亀峰市の住宅地のはずれにある、杉の木に囲まれた小さな八幡の神社。誉田別命を祀る地域の氏神で、中世に足刈氏の武将が挙兵の祈願をした由緒で知られる。

概要

亀峰市の住宅地のはずれにある、杉の木に囲まれた小さな神社である。誉田別命(応神天皇)を主神とし、仲哀天皇と神功皇后を合わせて祀る八幡の社で、旧社格は村社。地元では「八幡さん」と呼ばれ、地域の氏神として暮らしに溶け込んでいる。境内の奥にそびえる杉の大木が、遠くからの目印になっている。朝夕には散歩の途中に手を合わせていく人の姿が見られ、静かな森のような空気が保たれている。

所在地とアクセス

所在地は亀峰市の篠ノ町にあたる地区で、住宅地と田んぼの境に鎮まる。路線バスの「篠ノ」停留所から歩いて5分ほどで、車なら自動車道の篠ノインターから5分ほどである。周辺には、ほかの神社や、渓谷沿いを走る観光のトロッコ列車の線路もあり、散歩やちょっとした観光のついでに立ち寄る人も多い。専用の駐車場は小さく、祭礼の日は近隣の空き地を借りて車を停めることが多い。

歴史

社伝や本殿の棟札によれば、延久3年(1071年)に、勅宣を受けた武将が、大阪府内の大きな八幡宮から神霊を勧請して創建したと伝わる。江戸時代の寛永年間(1624〜1643年)には、城主によって本殿が改修され、以後は城主の直轄する神社として手厚く守られた。

この神社を有名にしたのは、中世の出来事である。元弘3年(1333年)、足刈氏の武将がここに1万を超える軍勢を集め、願文と鏑矢を奉って戦勝を祈り、旗を掲げて京の六波羅探題へ攻め上ったと伝えられる。のちに戦いに敗れて立ち戻った際にも、再起を祈ったとされ、のちの室町幕府の成立へつながる舞台の一つとして語られてきた。明治期には村社に列せられ、地域の人びとの手で社殿と境内が受け継がれてきた。

境内と見どころ

境内には、赤みを帯びた木々の間に石の鳥居が立ち、参道の奥に拝殿と本殿が並ぶ。本殿は一間社流造の落ち着いた建物で、拝殿、境内の末社(乾疫神社)とあわせて、平成30年(2018年)に府の登録文化財になった。参道の両側には石灯籠が並び、苔むした石段や落ち葉の積もる地面が、季節ごとに表情を変える。社殿の背後を囲む杉の木立は樹齢を重ね、曇りの日や雨あがりには空気がしっとりと重くなり、朝の光が差すと幹がうっすら白く見える。境内の隅には、秋になると石段のそばに彼岸花が赤く咲く場所もある。

行事と利用

正月の初詣のほか、秋には氏子による例祭が行われ、神前に供え物を上げて地域の安全と豊作に感謝する。七五三の時期には、家族連れが着飾った子どもと参拝に訪れる。年の暮れには、氏子や町内の人が集まって境内を掃き清め、注連縄を新しくするのが恒例である。ふだんは、仕事の前に立ち寄って小さく頭を下げる人や、写真を撮りに歩いてくる人、犬の散歩の途中に前を通る人など、日々の暮らしの中で気軽に使われている。

周辺

神社の周りには、住宅地と田んぼが広がり、秋には稲が色づいて穂が頭を垂れる景色が見られる。市内を流れる穂渡川も近く、散歩のコースとして歩く人が多い。亀峰市の暮らしに近い、静かな氏神の社として、これからも地域の人びとに守られていくとされる。

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