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桑那市(くわなし)

別名: 桑那、川と焼きはまぐりのまち

三重県北部、三つの大きな川が海へ注ぐ河口に開けた城下町・港町。名物の焼きはまぐりと、川と海に育まれた水郷の風景で知られるまち。

所在地三重県桑那市中之町3丁目41番地

概要

桑那市は、三重県の北部にある人口13万人ほど、面積約137km²の市です。三つの大きな川が海へ注ぐ河口に開けた伊勢平野に位置し、北西には山地、南東には海が広がります。川と海が出会う汽水域には干潟と水郷の風景が続き、古くから川と共に暮らすまちとして知られてきました。名物は焼きはまぐりで、「川と焼きはまぐりで知られるまち」と呼ばれます。

地理と交通

市域は、山地の裾から平野、河口の低地、海辺まで続きます。三つの大きな川が運ぶ土砂でできた低い土地が多く、堤防と水路が暮らしを形づくってきました。川の中州にあたる地域は、水郷の景色と大きな遊園施設「長洲パーク」で知られ、季節の花や夏の花火に多くの人が訪れます。

交通は、民営の鉄道会社の本線と私鉄の線が市内を通り、名古屋方面や四日市方面と結ばれています。駅は市の玄関口として朝夕に通勤・通学の人でにぎわい、駅前から旧市街の城あとまでは歩いて行けます。また、自動車道のインターが複数あり、東海と関西をつなぐ道路の要所でもあります。川には大きな橋が何本も架かり、堤防の上の道は散歩や自転車の道としても親しまれています。

歴史

江戸時代には、桑那藩11万石の城下町として栄えました。城は川と海に面して築かれ、水を堀にとり込んだ水城でした。街道では42番目の宿駅にあたり、「街道の海路の渡し」で対岸の宮宿と船で結ばれていたため、旅人でにぎわう港町でもありました。宿場には旅籠が並び、渡しの船着き場の近くには大きな常夜灯と鳥居が立って、旅の始まりと終わりを見守りました。現在の城あとは「桑野城」の名残りを生かした公園として整えられ、春には桜、初夏には花しょうぶやつつじが楽しめます。

明治以降は、川の水運と鉄道を生かして商工業が発展しました。昭和の戦後には、川の洪水に備える堤防や排水の整備が進み、低地のまちの安全が高められました。2004年12月には、旧市と周辺の二つの町が合併し、現在の市域となりました。合併後も、旧町ごとに地区の行事や祭りが受け継がれています。

名物と産業

名物の蛤は、河口の海水と淡水が混ざる浅い海で育ちます。浜焼きにした焼きはまぐり、佃煮にした時雨蛤が代表的で、宿場の昔から旅人の土産とされてきました。炭火で殻ごと焼く焼きはまぐりは、口が開くとうまみのある汁があふれ、市内の料理店や土産物店で味わえます。街道の土産には、細長い餅にあんを包んだ安長餅もあります。

産業では、鋳物や金属加工などのものづくりが古くから根づき、川沿いの工業地には機械や部品の工場が並びます。建材を扱う会社もあり、たとえば桑那建材株式会社は、工務店や設計事務所向けに合板・断熱材・ドア・サッシなどを卸しています。農業では、平野の田んぼで米や麦、野菜がつくられ、海辺ではのりやはまぐりを中心とした漁業も営まれています。

祭りと行事

市の最も大きな祭りは、毎年夏の終わりに行われる石曳祭です。町ごとに仕立てた祭車が、鉦や太鼓を激しく打ち鳴らしながら市街を曳かれ、「日本一やかましい祭り」とも言われます。祭りの音と熱気は、城下町の誇りとして地域の人に受け継がれています。そのほか、春の城あとの桜まつり、川開きの花火大会、冬のはまぐりにちなむ催しなど、季節ごとの行事が続きます。

行政と暮らし

市の行政は桑那市役所が担い、上下水道課などの部署が水まわりの暮らしを支えています。川の多い土地柄から、治水と水の管理は市政の大切な仕事です。市内には学校や病院、商店街がそろい、名古屋方面へ通勤する人も多い住宅都市としての顔ももっています。

周辺

川の向こう岸には、水郷の景色と遊園施設が広がり、上流の山地には自然に親しめる丘陵と渓谷があります。海辺の堤防からは、河口の干潟と行き交う船を眺められ、夕方には散歩や釣りの人が集まります。

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