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鳴潮市(なるしおし)
徳島県の東部、紀伊水道に面した港のまち。沖合の潮が生む渦と穏やかな港の海をあわせ、「渦と海のまち」として知られる。
| 所在地 | 徳島県鳴潮市横須町2番37号 |
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概要
鳴潮市は、徳島県の東部、紀伊水道に面した港のまちです。人口は約3万3千人で、面積は約45平方キロメートルと、県内の市のなかでもっとも小さい部類に入ります。二つの川がつくった三角州に市街地が開け、山のふもとから海辺までがひとつづきになった、コンパクトなまちです。沖合の潮の流れが生む渦と、穏やかな港の海をあわせて、「渦と海のまち」と呼ばれてきました。
地理と所在地
市は勝波川と長賀川にはさまれた三角州の上にあります。市街地の背後には日嶺山がそびえ、北側の根井鼻と南側の和田島のあいだに、鳴潮港が抱かれるように位置しています。海岸線は紀伊水道に面し、横須海岸などの浜辺も残っています。
平地が限られているため、住宅地、商店、港、田畑が互いに近く、自転車や徒歩で用事を済ませられる距離にまとまっています。県庁所在地の徳洲市からは、鉄道や自動車道で1時間足らずの距離にあり、通勤や通学で行き来する人もいます。冬でも比較的温暖で、雪はほとんど降りません。夏から秋にかけては台風の影響を受けることがあり、港や川沿いでは高潮や増水への備えが続けられています。
歴史
1889年(明治22年)の町村制の施行で村として発足し、1907年(明治40年)に町制を施行しました。港を中心に町が発展し、1951年(昭和26年)6月1日に市制を施行して現在の鳴潮市となりました。かつては当時の国の鉄道事業者の支線が港へ通じていましたが、1985年に廃止されています。2006年には、地域の中核を担う赤十字系の病院(徳洲赤十字病院)が市内の新しい場所へ移転しました。
港は古くから、紀伊水道を行き交う船の風待ち・潮待ちの場として使われてきました。潮の満ち引きが激しい海域に面していることから、船乗りたちは潮の時刻を読む知恵を受け継ぎ、それがいまの観光の渦見物にもつながっています。
産業と特産品
農業では、菌床シイタケの大規模な栽培が主力で、生産量は県内一です。ほかにヤマモモ、米、イチゴも育てられています。温暖な気候と川がもたらす水に恵まれ、小さな市域のなかでも施設栽培と露地栽培が使い分けられています。
漁業は沿岸漁業が中心で、ちりめん(シラス)、ハモ、タチウオ、エビなどが水揚げされます。この魚を生かした練り物の加工も盛んで、竹に巻いて焼く竹ちくわや、魚のすり身を揚げたフィッシュカツが名物です。港のそばには水産加工の工場や直売の店が並び、土産物や贈答品としても親しまれています。
見どころ
市内には、四国の八十八か所霊場のうち、第18番札所をはじめとする寺があり、巡礼の遍路姿の人が歩く光景が見られます。なかでも見どころとして知られるのが、沖合に生まれる渦です。潮の満ち引きの時刻に合わせて渦が大きくなり、観光船が近くまで出て、船の上から回る水の流れを間近に眺めることができます。海を望む高台や遊歩道からも渦を見下ろせ、季節や潮の具合によって姿が変わります。
港周辺には、海辺の散歩に向く公園や堤防もあり、朝夕には釣り人や犬の散歩の人が訪れます。
行事とくらし
春には桜、初夏には遍路道沿いの新緑、秋には収穫の祭りと、季節ごとの行事が地域ごとに営まれます。冬には、港で水揚げされた魚と、栽培されたシイタケを使った料理が食卓にのぼります。市内には保育園や学校、病院がそろい、小さなまちながら暮らしに必要な機能がひと通り整っています。たとえば、住宅地に近い通りには、毎日店で煮込むソースが特徴の洋食店 洋食 汐見亭 や、私立の認可保育園 なぎさ保育園 があり、地元の人の日々の暮らしを支えています。
周辺と交通
北には、大きな渦潮と長大な橋で知られる隣の鳴浦市 鳴浦市 があり、同じ県内で海の景観を分け合う関係にあります。市内には民営の鉄道会社の路線が通り、国道が海沿いを走って徳洲市方面へ通じています。港からは近隣の島や対岸へ向かう船も出ており、陸と海の両方から人とものが行き来します。