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韮里市(にらさとし)

別名: 韮里、韮里の城下

山梨県東部、山あいの盆地にある人口約3万人の城下だったまち。駅から歩ける古い商店街「中町通り」と、織物の歴史、大学のある学生のまちとしての顔をあわせもつ。

概要

韮里市は、山梨県の東部、山々に囲まれた盆地に開けた市である。人口は約3万人、面積は約160平方キロメートルで、市域の大部分を森林と山地が占める。江戸時代には城下町として栄え、いまも旧城下の面影をとどめる通りや水路が市街地に残る。駅から歩いて行ける古い商店街「中町通り」を軸に、住宅地と学校、山のふもとの集落が続く。

所在地と地形

市は県の東部、霊峰の北のふもとにあたる地域に位置し、周囲を標高千メートル級の山並みに囲まれている。市の中央を桂瀬川が東西に流れ、その両岸に平地と段丘が細長く広がる。夏は涼しく冬の冷え込みは厳しく、山あいのため朝晩の寒暖の差が大きい。湧き水に恵まれ、川や用水路の水が暮らしに身近である。

歴史

戦国期から江戸時代にかけて、この地は谷ノ村の城を中心とする城下町として整えられた。江戸時代前期には秋本氏が城主となり、城下には町人地が置かれ、街道沿いの町として人と物が集まった。この地方は農地が限られていたため、養蚕と機織りが盛んになり、郡中絹と呼ばれる織物が産地の産業として根づいた。裏地などに使われた軽くて光沢のある織物で、問屋が集まる商いのまちでもあった。

明治以降は鉄道の開通とともに織物の取引の場が駅周辺へ移り、昭和29年(1954年)4月、五つの町村が合併して市制が施行された。のちに城跡の一帯には市役所や学校が置かれ、城下の記憶は地名や石垣、通りの名に受け継がれている。

町並みと中町通り

中町通りは、駅から歩いて行ける距離にある古い商店街で、城下の町人地の流れをくむ。文具店、八百屋、氷菓子の店、書店などの小さな店が並び、たとえば古屋文具店は昭和49年(1974年)に開業した町の文具店で、学校の指定品や書道用品を扱う。近くにはkuri-yaoya-hatanoや畑野の氷菓子の店があり、駅前にはtsubame-bunkoがある。大型店に押されて空き店舗も出たが、通学の学生や近所の人が日々の買い物に使う通りとして残っている。

産業と暮らし

織物の産地としての伝統は、いまも機織りの工房や、織物にちなむ小さな催しに受け継がれている。製造業の事業所は市内に点在し、中央自動車道が市の近くを通るため、首都圏へも車で行き来しやすい。農業は水田と畑、果樹が中心で、山あいの集落では小規模な栽培が続く。

学生のまち

市内には公立の文科大学があり、二十歳前後の学生が人口に占める割合は全国の市のなかでも高い水準にある。駅と大学のあいだは学生向けの下宿や食堂、古書や文具の店が並び、中町通りの商店とも日常のつながりがある。授業のある日の朝夕は、通学の学生で駅前がにぎわう。

交通と見どころ

鉄道は富峰急行の大月方面と河口湖方面を結ぶ線が通り、市内に複数の駅がある。市の南部には、磁気浮上式の高速鉄道の実験線と見学施設があり、全国から見学者が訪れる。このほか、城跡の公園の桜、桂瀬川の流れ、山あいの滝や展望の道、秋の紅葉など、日帰りで楽しめる自然が市の周辺に多い。

行事

春の桜の季節には城跡の公園に花見の人が集まり、夏には川沿いで夏祭りが開かれる。秋には商店街で市が立ち、織物の歴史を紹介する催しも行われる。

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