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島浦市(しまうらし)
長崎県南東部の半島にある、城下町で湧き水のまちとして知られる市。城と武家屋敷の町並み、町なかを流れる清水、火山の噴火の記憶をあわせもち、対岸とはフェリーで結ばれている。
概要
島浦市は、長崎県の南東部、海に突き出した島浦半島の東岸に位置する市である。面積は約83平方キロメートル、人口は約4万人で、半島の行政・商業の中心になっている。背後には雲泉岳の火山がそびえ、前面には朝明湾が開ける。山の恵みの地下水が町なかの各所で湧き出すことから、「水の都」「湧き水のまち」と呼ばれ、江戸時代の城下町の面影とともに親しまれている。
地理と湧き水
市域は、山の斜面から海岸の平野へなだらかに下る地形で、山に降った雨が長い時間をかけて地下を通り、市街地の低い所で湧き出す。町なかには湧水の池や水路がいくつもある。
- 水之屋敷: 武家屋敷の跡に残る湧水の庭園で、池を泳ぐ鯉を眺められる。
- 鯉が泳ぐ小路: 屋敷町の通りに沿って水路が流れ、色とりどりの鯉が泳ぐ。
- 浜ノ川湧水: 海ぞいの住宅地にある共同の湧水で、洗い場として使われてきた。
湧き水は全国の名水百選にも選ばれており、生活用水として今も多くの家庭で使われている。
歴史
江戸時代の初め、この地に新しい城が築かれ、城下町が整えられた。島浦城は元和4年ごろから数年をかけて築かれた五層の天守を持つ城で、のち藩主家は何度か入れ替わった。寛永14年から翌年にかけては、重い年貢と迫害を背景に、周辺の農民らが立ち上がった島浜の乱(きっかけの一揆)の舞台のひとつとなった。
江戸後期の寛政4年には、背後の山の一部が崩れて海へ流れ込み、津波が対岸にまで被害を与えた。平成2年に始まった雲泉岳の噴火では、平成3年6月に火砕流が発生して多くの死者が出て、のちには土石流が市街地に及び、多くの住宅が被害を受けた。その後は堤防や遊砂地などの整備が進み、被災の記憶を伝える施設も整えられている。
見どころ
- 島浦城: 昭和39年に天守が復元され、館内では歴史資料や、迫害を受けた信仰に関する資料を展示している。
- 武家屋敷通り: 石垣と水路が通りに沿って続き、下級武士の住まいの様子を伝える。
- 噴火の被災を伝える展示施設と、被災した家屋を保存した公園。
- 半島全体が、地形と火山を見せるジオパークとして認定され、山と海の国立公園にも近い。
産業と食
農業では、半島の高原で育つ野菜や、果樹、畜産が盛んで、沿岸では漁業も営まれる。名物は、白玉に蜜をかけた冷たい菓子「寒さらし」で、湧き水で冷やして食べる。ほかに、餅と根菜、鶏肉を具だくさんに煮た雑煮も、正月や祝いの席に欠かせない。手延べ麺づくりも古くからあり、浦光製麺のような製麺会社が市内で営まれている。
交通と行政
島浦鉄道が半島の海ぞいを走り、市内にいくつかの駅を置く。島浦港からは、対岸の熊元市へ向かうフェリーが出ており、約30分で結ばれる。消防は周辺の町とともに島浦地域広域消防組合が担っている。同じ半島の海ぞいには、似た城下町の島浜市もある。