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後ろ山神社(うしろやまじんじゃ)

別名: 後ろ山、後ろ山の天神さま、後ろ山天神社

町原市の本町原地区にある、学問の神を祀る小さな天神社。住宅地のはずれの高台にあり、春は石段の桜、夏は例大祭で地元の人が集まる。

概要

後ろ山神社は、町原市の本町原地区にある小さな神社である。住宅地のはずれの小高い土地に鎮まり、学問の神を祀る天神社として、地元の人に長く親しまれてきた。鳥居をくぐって石段をのぼると本殿があり、春は石段の前の桜、夏は例大祭と、季節ごとに人が集まる。受験の季節には、合格を願う親子連れの姿も見られる。

所在地とアクセス

所在地は東京都町原市の本町原である。目の前を、昔の街道すじにあたる道が通っている。民営の鉄道会社の町原駅からバスに乗り、「後ろ山神社前」で降りれば、所要時間は約10分である。バスは、鶴川方面や団地方面へ向かう複数の系統が通り、日中も本数が比較的多い。バス停から鳥居までは歩いてすぐで、参道の入り口に小さな駐車スペースがあるが、祭りの日は車での参拝を控えるよう案内される。周辺は坂が多く、徒歩で訪れる場合は、駅から丘陵の緑を眺めながら歩くこともできる。

歴史

創建は寛永7年(1630年)と伝わる。地元の有力者が土地を寄進し、井手ノ谷の山の上に社が建てられた。あわせて、近くの寺の開山にあたる和尚が、唐へ渡って学んだ人のすがたをうつした天神像を造った。それ以前の室町時代から、この地に天神像がまつられていたとも伝えられる。

明治35年には、地区にあった五つの社(千眼天神社、大六天社、七面社、稲荷社、白山社)が合祀された。その後、本殿は長く建て替えられずにいたが、平成24年に、237年ぶりとなる新しい拝殿が完成した。江戸時代以来の大きな造営として、氏子の記憶に残っている。建て替えにあたっては、氏子や地区の人びとが寄付を募り、数年がかりで準備を進めた。

また、神社のある井手ノ谷は、中世の南北に分かれた争いのなかで戦いがあった土地として、古戦場跡に数えられている。山の上という立地は、守りやすい地形であったことをうかがわせる。

境内と見どころ

境内の入り口には鳥居があり、本殿へは石段が続く。4月には石段の両わきの桜が咲き、花見に訪れる人も多い。境内は広くないが、合祀された五つの社の名残や、江戸時代から伝わる天神像などが、この土地の古さを感じさせる。静かな住宅地のすぐそばにありながら、石段をのぼると木々に囲まれて空気が変わり、散歩の途中に立ち寄る人も少なくない。拝殿の前には絵馬掛けがあり、学業成就を願う絵馬が、冬から春にかけて数多く掛けられる。

行事と利用

夏には例大祭が行われ、これが地区でいちばん大きな祭りである。祭りの日は、境内に提灯が下がり、神輿や子どもたちの出し物、露店が並ぶ。氏子の役員や地区の自治会が準備を担い、世代を超えた人びとが顔を合わせる場になっている。そのほか、正月の初詣、春の桜の季節、秋の七五三、年末の境内の掃除など、一年を通して暮らしと結びついている。受験期には、天神社らしく合格祈願の参拝が増える。

周辺

神社の周りには、住宅地と丘陵の緑が続く。町原市は大きな乗換駅のまわりに繁華街が広がるが、後ろ山神社のある一帯は、それとは対照的に落ち着いた土地である。市内の丘陵の尾根を走る遊歩道の西町緑道も、同じ町原市内にあり、散歩の足をのばす先として知られる。古い街道すじの道沿いには、小さな商店や農家の名残もあり、昔ながらの町並みを歩いて楽しめる。