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西雲市(にしくもし)
島根県の東部、西雲平野を中心に北の半島から南の山地までを市域にもつ、人口約17万人の市。古い大社のまちとして知られ、社会福祉法人西雲すこやか会が多喜野町で保育園と認定こども園を運営している。
概要
西雲市(にしくもし)は、島根県の東部、出雲地方の西寄りにある市である。人口は約17万3千人(2024年)で、県庁所在地の松洲市に次いで県内2番目に多い。面積は約624平方キロメートルある。北は日本海に突き出した半島の丘陵地、中央は斐瀬川がつくった西雲平野、南は中国山地につながる山あいと、三つの地形にまたがっている。古い大社を抱える信仰と神話のまちとして知られるいっぽう、平野部は稲作と園芸の農業地帯でもあり、工業団地や大きな商業施設も集まっている。地域の中心都市の一つである。
地理
市域の中央を斐瀬川が北東へ流れ、その下流に西雲平野が広がる。平野の北には北嶺の山並みが東西に連なり、山の向こうは入り組んだ日本海の海岸線になる。平野の東端は宍野湖に面していて、湖のほとりは水鳥の多い水辺になっている。平野に点在する農家の多くは、冬の北西の季節風を防ぐため、屋敷の西と北を松の生け垣(築垣松)で囲む。この散居の景色は、この平野ならではのものである。市の南西の多喜野町は日本海に面した海辺の地区で、小多地区には砂浜のきらめき浜が続く。坂の上から海岸線を見わたせる汐風坂もこの地区にある。
歴史
平野には弥生時代の遺跡が多く、荒神ヶ谷遺跡からは大量の銅剣が出土した。四隅が突き出た形の大きな墳丘墓も残っていて、古代にこの地方の中心の一つだったことがわかる。古い国の風土記にも、この地の神々や土地の名前が多く記されている。近代に入ると、今谷町を中心とする市街地が平野の商業のまちとして育ち、1941年(昭和16年)に周りの村と一緒になって市制を施行した。1955年と1956年には周辺の6村を編入した。2005年3月には旧西雲市、旧平多市、湖稜・佐谷・大社浦・多喜野の4町が合併して新しい西雲市となり、2011年10月には斐瀬町を編入して、今の市域になった。
産業と交通
平野部は米どころで、ぶどう、柿、いちじくなどの果樹や、花の栽培も盛んである。斐瀬地区を中心に電子部品などの工業団地が整い、ものづくりの拠点にもなっている。郷土の食べ物としては、殻ごと挽いた色の濃いそばを割子の器に盛る「西雲そば」が名高い。交通は、民営の鉄道会社の本線が通る西雲市駅が市の玄関口で、私鉄の線も大社浦や平多の方面へ延びている。自動車道のインターが市内にいくつかあり、市の東の斐瀬地区には西雲空港があって、東京や大阪などとの空の便を担っている。海沿いには国道が走っている。
見どころと行事
大社浦地区にある古い大社は、縁結びの神として全国から参拝者を集め、門前町にはそば屋や土産物の店が並ぶ。旧暦10月には神々がこの地に集まると言い伝えられ、それにまつわる神事も行われる。北の半島の先端には白い石造りの灯台が立ち、そこから見る日本海の夕日が名所になっている。南の山あいには、切り立った岩壁が続く立久峡がある。北嶺の山中には、古い山寺の鰐岳寺がある。西雲平野の住宅地の近くには星ヶ浦神社があり、星のはんこを押した御朱印で親しまれている。市街地の南の丘には、桜の名所の西桜公園がある。毎年10月には、大学の駅伝の大会「西雲駅伝」が大社の前から市内を走り、沿道は応援の人でにぎわう。
暮らしと教育・福祉
市内には県立松津短期大学のキャンパスや、科学館などの教育施設がある。子育ての環境づくりにも力を入れていて、市内の各地区に保育所や認定こども園が置かれている。多喜野町では、社会福祉法人西雲すこやか会がはまなす保育園とはまなす認定こども園を運営し、子育て支援センターの「わくわく広場」とあわせて、地区の子育てを支えている。平野の新しい住宅地には大型の商業施設が集まる地区もあり、松洲市方面へ通う人の住宅地としての顔もあわせもつ。